スイカが好きなフリをする

博士課程D2/看護学/障害学/社会学/研究や旅行、日常で思ったことなどを楽しそうに書いてます

友達の友達は友達

中学生の頃、外向的だった幼馴染みに言われたこの言葉がすごく生きている。
私は内向的だった。


そんな私だったので当時はこのことを言う幼馴染みはバカなのかと思っていた。ごめん。
これは人との距離を一気に詰めるパワーワードだった。
今でも使うし、よく使い方を間違えるけど。



(19歳の頃)

その精神が活きて都内に住み始めた友人の友人に知り合った。
友達の友達だから、それって俺らも友達ってことでしょ?のスタンスではなしが続いた。



関わってわかったことは、
同じ年齢なのにやってることが違いすぎる。
知り合った時点で私はずっと地方育ちだった。
このことから都会への憧れではなく、外を見ることができるようになった。
そしてその友人から旅行のノウハウを教わって旅行を重ねるようになった。
航空券の取り方、バウチャーのこと、海外のことなど。
いろんな場所にほとんど一人で行った。



ほんとうにターニングポイントだったと思う。
いい人に知り合った。
自分の中にある好奇心が使えるようになった出来事だった。






先日、大学で見つけた英会話のクラスに参加した。
聞き取るのがやっとだ。
自己紹介ならなんとか。
話を振ってくれるのでようやく喋れる程度。
こうなることは予想していたけどとりあえずエントリした。
そのあとネイティブの先生が、
「ポジティブな学生だ。他のも来てみなよ。」と言ってくれた。

 

私はもうなんでも話せるような気がしてきている。
環境ができたら怖いものはない。
初めからできる人なんて一握りなのだ。
何も恥じることはない。




仕事を始めたときもできないことは聞きまくっていた。(もちろん自分で勉強した上でわからないことを聞く)
その頃には先輩といやみを言うような関係ではなかった。
1年を経とうとしていた頃にも、
「君は堂々とできないって言うね」
潔さで誉められていた。
(誉められていない、という視点をやめよう。)
嘘をついたり見栄を張らないという点で信頼があったそうな。
素直さも活きてたと思う。
お互いよく笑った。

あと、私は困ったときに眉毛が八の形になる。
お前は分かりやすいからな、と言ってチームの人は助けてくれた。
やはり感情が表情に出やすい。




できないって言うのは、人の命に関わることだからです。
できないのが当たり前ではないこともわかっています。
教えてください。






時間をかけて教えてくれたり、機会があれば技術実践のために呼んでくれた。
わざわざフローチャートを手書きしてくれた。



その人はよくお腹のこどもに私のことを「パパだよ~☆」と言って悪い顔をしていた。
私は教育によくないからやめなさいと言い返していた。
言われるパパとしてお腹を撫でた。
(大きくなってや。)
私は産前産後休職パーティーで図書カードを渡した。
(たくさん絵本買ってくださいね。)
関係は続く。
環境ができていた。










周りが勝手に助けてくれるようになったらもう無敵だ。
自分1人だけでは戦えないことが十分にある。
最近もある場面で助けてもらうことがあったので、これからもその関係は続くと思う。
御恩と奉公。

あたえる者はえられる、まさにこの通りだと思う。
私が貢献できそうなアウトプットとしては、
・旅行に関するハウツー
・食事にまつわる栄養管理
・自転車について
は確かな話ができる。
根拠のない自信がある。




大学生の頃、興味のあった栄養の勉強会に出ると懇親会では前座に立たされた。
飯をご馳走したのだからなんかおもろいことと自己紹介をやれとのこと。




そこには私の素性を知っている人が一人もいなかったのでもうどうにでもなれと思い、適当に喋って笑っていた。


君はいい笑いかたをするよな。
場を支配する笑い方だ。うちにほしい。
と重鎮めいた方に教えてもらった。



専門が違うのでやんわり断った。
笑いかたを気に入られるのは嬉しかった。
私この先生に気に入られるのに3年かかったんですよ、なんて周りが言ってたのでとても好感触だったんだと思う。





など言われてその場を笑いで納めた。
ご飯が特別美味しかった。さすが栄養の学会。





私が笑うのも友人の模倣だけれど、時間がたった今は自分のオリジナル要素が濃くなっていればと思う。