スイカが好きなフリをする

博士課程D2/看護学/障害学/社会学/研究や旅行、日常で思ったことなどを楽しそうに書いてます

成人式のはなし

2019年1月14日は成人の日である。

27歳の私は式とは関係なく自転車に乗って駅に向かっていた。13日の今日は振袖を着た成人で溢れていた。下宿先から駅まで自転車をたった30分運転するだけで、これほどに見かけるものなのか。たった30分。いろんな色があって綺麗だ。あの人色っぽいけどほんとに20歳なのか?と思う。すらっと背が高い。いかん、めっちゃ見てしまった。失敬。

自分じゃない違う誰かになること。化粧をして違う誰かになろうと思わない。私は男だし。男性も好きなら化粧をすればいい。誰が化粧をしていようと。女性は今の自分より、さらに素敵な自分になるためにすることが多いんだろう。あとは、マナーとしての化粧もあるとかないとか聞く。社会人。もちろん、私も髭を剃り歯を磨いて髪の毛を整えて仕事をした。そして、白色の靴下に履き替えていた。

飲食店スタッフが顎の髭をどんなもんだいと繁茂させて調理なりドリンクを作っているのを見ると受精卵からやり直してきてほしいと思う。不潔だよ、それは。繁茂という単語はどうやら植物に対して用いられる用語らしい。髭の使い方を間違えた人に使うのももったいないくらい難しい漢字だよ。それにあなた、トイレ行った後にその髭洗った?

私は自分の事を誰も知る人がいない場所であったら違う人になりきることを好んでしている。どこに出てもかしこまっていると思うけれど、少し生意気になってみたり大胆になってみたりする。よく喋る人になることもある。積極的な人にもなる。とにかく、いつもの自分ではなくなる。

自分じゃない誰かになって演じることは息抜きになるし楽しい時もある。そういう意味でも、1人でする旅が好きなのだと思う。旅の恥はかき捨て、という言葉を聞いた。出先であってもそうは思わない。自分が恥ずかしいのは好きにすればいいけれど、人に迷惑をかけて楽しむことではない。本当の自分は面倒くさがりだと思う。

遊びの時に先輩やおじいさんから「参った」とまで言ってもらったことがある。その度に演技レベルが上がったと思う。滅多に機会はないけれど、所作と闘い方で周りが勝手に思ってくれるイメージは変わってくる。わざとらしさやイカサマがないからこそ、綺麗な反応がある。それはもはや、勝ち負けより面白い時がある。

前々日、新年会をしてもらった。成人式の話になる。成人式があるみたいだけど、私あそこで募金のボランティアよ。へぇ、どこですんの?あそこ。そうなんですか。まぁ、行ってくるわ。みなさんの成人式の頃って、やっぱ袴で行ったんですか?いや、僕はスーツ。

そういえば、みなさんが成人式の頃ってお互いが他人ですか?そうねぇ、知り合ってなかったね。そちら夫婦とかはどうですか?あぁ、私らは他人ですらなかったよ。えっ、それおもしろいですね。知らなかったよねぇ。うん。人の縁ってありがたいです。この牛タンうまいですね。君、カキフライ食べれる?はい、いただいてます。これも食べな。ほんまですか、ありがとうございます。

27歳になって良かったと思う。自分の感覚でしかないのだけれど、26歳の頃まで考えていたことがどうでもよくなった。楽になった。問題は解決していないけど、問題が問題じゃなくなった。

自転車をこいでいると、振袖群の中に振袖を着ていない人も見かける。純粋にそれはかっこいいしかわいいと思う。見飽きたからかもしれない。自分が着る側になったら違うのだろうかな。知らんけど。みんなと同じ格好をして、肩で風を切って歩くのは想像するだけで面白くないなぁ。私が女性ならね。

自分の成人式のことを思い出す。煌びやかなエピソードはなく、イベントとしてそんなこともあったな程度しか覚えていない。楽しくはないし、面白くはなかったと思う。懐かしい人に会ったのかな、と思うけどあまり覚えていない。成人式で会えて嬉しかった人は7年経った今でも関係が続いているのでありがたく思う。1月3日に熊本で大きな地震があった。「揺れた?」とLINEをすると「夫婦で他県へ帰ってた」とある。「あなたたちすごいよ」。 そう考えるとライフイベントとしての成人式が上手に終わったのだな、と思う。

ビジネスホテルで無料肉まんサービスを見つけた。15時過ぎにチェックインすると8つくらいスタンバイしていた。お腹は空いていなかったので気持ちだけいただいた。23時頃にもう一度見ると肉まんは無くなっていた。みんな肉まん好きねぇ。1月に入って食べる量が整ってきた。食べ過ぎないし、食べなさ過ぎない。間食をしない。かなり状態が良くなってきていることを実感する。

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