スイカが好きなフリをする

博士後期課程D3/看護学/障害学/社会学/研究や旅行、日常で思ったことなどを楽しそうに書いています

失せ物:出る

 タイトルの文字は、きっとみんなも見たことがあるだろう。おみくじを開くと、「学問」や「待人」とかが書かれた項目が並んでいて、その中にはいつも、「失せ物」が出るとか出ないとかが書かれてるもんな。

 私はおみくじを引いたことのある人が多いと思っている。人に向かって、「おみくじ引いたことってある?」と聞いたことがないくらいだからだ。こればっかりは、私に友人が少ないか少なくないかは問題にならないと思っているよ。すると私は、誰と話すときでも相手が「おみくじを引いたことのある人」だと思って接していたのだ。

 

 失せ物というのは、朝にハードコンタクトレンズを紛失してしまった。昔から私の記事を見てくれている人は、「澤岡またやったのか」、ってなるだろう。お前は書くネタがなくなったら定期的になくしてんのか?くらいに。そんなことはない。いい加減にしろ。今回は新しいパターンで紛失したのだ。新しいパターンだからって、なくしたことが正当化されるわけではないよ。

 これまではレンズを排水溝に流したりして、もうどうやっても回収できないって感じだった。だけど今回は、レンズが前後左右どこかに吹き飛んでいたはずなので、どこかにあるはずだと希望を持つことにして、90分間必死に探した結果見つけることができた。

 

 じゃあまずは、レンズを吹き飛ばすところから書き始めよう。

 

 私は独立洗面台にスタンバイし、洗浄液に浸かったレンズを挟んでるクリップから取り出そうとすると、そのクリップが弾んでレンズがどこかに吹き飛んだ。おいおい、お前そんなこともできたのか。ところで、前か横から後ろかどっちに飛んだんだい。

 

 かなり嫌な気持ちになる。この先の2週間くらいレンズがない状態の生活とイベントを想像する。もっと嫌な気持ちになれた。

 まず私は独立洗面台から調査を開始する。ココがいちばんレンズと近いし、そんな飛ばないだろうとも思っていた。いろんなところにくっついていないか、、、ない。

 次は私の後ろの調査。タオルや肌着を入れた箱をひっくり返し、一枚一枚揺すりながら、レンズが落ちてこないか確認する、、、ない。缶や瓶のゴミを、一つ一つ取り出して水洗いする。これで缶や瓶に付着したレンズが水で流れてくれたら、「排水溝レンズキャッチャー」がすべてを受け止めてくれるってわけ。もう完璧な布陣である。だけどこれでも見つからなかった。

 そして今日は缶と瓶のゴミ収集の日だ。レンズを探してたら間に合いそうにない。かといって、今の段階でゴミを捨てに外へ出ると、地面にある(かもしれない)レンズを踏んでしまうかもしれないし、自分の身体や身につけているものに付着したレンズが何かの拍子で落ちるかもしれない。外でなくしたら、もう絶対に見つけられない確信がある。私はこの状況で、レンズが家の外にある可能性を作ってはならないのだ。私が持つことにした希望は、こういうところでも生きてきているよ。ただハードコンタクトレンズをなくすだけで、手に汗握る展開になってきたな。私は動揺でものすごく嫌な汗をかいていました。

 

 あと、レンズをなくす「だけ」じゃないんよ。レンズ一枚22,000円くらいだとしても、いや22,000円高すぎるわボケェイ。それにレンズが新しく買えたとしても、装着に必要な診察と待ち時間を考えたら40,000円くらいなんだよ。私の感覚ではな。診察は一日のうち、かなり大事な部分の時間を持っていかれるからね。これはものすごい損失です。なんとしても見つけなければなりません。

 

 身体や身に着けているものにレンズがついていないか確認する、、、ない。洗濯機を動かして隙間に落ちていないか、洗濯槽の衣類に付着していないか、、、ない。冷蔵庫を動かして隙間に落ちていないか、冷蔵庫に貼り付いていないか確認する、、、ない。

 

 調査が90分経過して諦めがついてきたころ、座り込んで洗濯機と独立洗面台の隙間を見ていたら、なんかとてもレンズっぽいものが!えっ!!!腹から声が出たし、ここ最近で一番元気のいい声だったと思う。40,000円!というより、この先2週間の復帰!!!な気持ちが大きかった。でもなぜ?ここは一度確認していたはずで、レンズが延長コードに貼り付いていた?手拭きタオルに貼り付いていた?

 

 上からのぞき込むのではなく、座り込んだ高さから見ること、視点を変えるのは有効だったのだ。そのように思うことが先月にもあって、折り畳み自転車に乗っていると、いつも乗っている自転車より60cmくらい視点が低くなったので、サイクリングも違う景色が見えてとてもよい感じだったのだ。まあコケて救急車に運んでもらったんだがな。くそがよ。

 

閑話休題

 

 レンズを見つけたからといって、安心するのはまだ早い。見つかったレンズが、眼に対応したものではないとならないのだ。というのも、過去に私は片方のレンズを紛失している。発見したそれが、90分前に無くしたレンズであるかを確認する作業はかなりドキドキした、あった。多分これだ。


 っていうことは、先日競馬で負けた14,500円は、今回の90分捜索40,000円発見により、チャラ、いやむしろプラスまでいったのである。