スイカが好きなフリをする

博士後期課程D3/看護学/障害学/社会学/研究や旅行、日常で思ったことなどを楽しそうに書いています

柔軟剤から逃げろ

「カメラを止めるな」みたいなタイトルになった。これはもう映画化待ったなし、だな。

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私は柔軟剤の匂いがダメだ。あれは匂いじゃない。臭いだ。

もし、借りているマンションの隣人が「柔軟剤をこよなく愛するマン」だったら(悲しいがそれはよくあることである)。バルコニーに出ると干された衣類からその臭いが風によって運ばれてくる。それがわかった日の私は、たった一瞬で半年くらい落ち込む。うちのめされる。まじでやめてくれ。(ちなみにだけど柔軟剤が臭いものだと思っていない頃の私は、隣の人がルームフレグランスとかパフュームとかをバルコニーにブチまけているのかと思っていた)

洗濯が好きな私にとってバルコニーは神聖な場所である。そしてまた、好きな場所でもある。私は洗濯物を干す時にだけバルコニーに出るわけじゃない。外の空気はいいぞ。景色もいい。音も悪くない。ただ、工事をしている音は好きじゃないけどな。

と、いうわけで臭いが運ばれてくるバルコニーに出るたびに私は気持ちが悪くなり、体力と精神が削られてしまうのだ。きつすぎる。

どうにもつらすぎるのでそれを避けるために戸建てを借りて住もうと思ったこともある。それなら隣にバルコニーなんてないしね。だけど、そんなお金はない。

やっすい戸建てを買おうとまで思ったこともある。それには考えることがお金のことだけじゃすまなくなる。けっきょくどうしようもないのだ。ほんとうによくないなぁ。

だから私は柔軟剤の臭いに困っていることを管理会社に相談したり、はじめからバルコニーがうまい具合にできている家を探して借りたり、隣人に直接お願いすることまである。そもそもバルコニーがうまくできている家なんてないんよ。それには消防法との関係とかもあるんかな。さいきん緊急時の避難について、消防法のことを考えることがあったんだ。などと、消防法のことまで考える「物知りっぽさ」をさりげなく出しています。いやこれはさりげなくないな。違和感しかない。露骨だ。それに、私が物知りになれたとしても柔軟剤の臭いは解決しないんよ。もう、そんなことはどうでもいいんよ。生活をするのに考えないといけないこと多すぎるんよ。生活をするのにしないといけないことも多すぎるんよ。くそめんどうである。

ある日、それとはまったく関係のない人に「どうして柔軟剤を(わざわざ)使うのか」聞いたことがある。人は洗剤だけあれば、衣類をどうにかすることはできる。だけどなぜそこに柔軟剤まで入れてしまうのか。

私に質問をぶつけられたその人からは、「いい匂いだから」、「奥さんが好きだから」って返ってきた。どうか自分だけにとどめておいてくれください。柔軟剤、書いて字の如く衣類が柔らかくなるためじゃなくて、匂いのためなのかえ。

柔軟剤の件は「わかりにくいこと\伝わりにくいこと」の一例なのだけれど、相手からは「これくらい普通じゃないですか」とか「ちょっとくらい我慢してくださいよ」の返事があり、私たちは何度もうちのめされてきたのである。