スイカが好きなフリをする

博士課程D2/看護学/障害学/社会学/研究や旅行、日常で思ったことなどを楽しそうに書いてます

焼酎とインシデントのはなし

お酒を頼むときは焼酎を好んで飲むことが多い。
酔いが覚めやすい気がするし、あとに残らない。
アルコールのカロリーだけなのか、あれは。
糖質ゼロ、脂質ゼロ、人工甘味料入ってない、栄養素面では嗜好品として満点である。

最近のホットなニュースをここに。
なんと、揚げ物は熱の温度にカロリーが耐えられないためカロリーゼロだそうだ。
カステラも潰してしまえばカロリーが逃げていくため、カロリーゼロだ。
私はサンドウィッチマンが好きだ。
Podcastでずっと放送を聴いていたし、仙台のはなしもやはりいい。
最近はその手の歌が、MONKEY MAJIKサンドウィッチマンのコラボで出ている。曲名はウマーベラス。なのでYouTubeでたまにMVを見ている。飽きない。興奮してきたな。




お酒の席、24時頃。
一軒目はイタリアンをコースでいただいた。
席が終われば「もう帰りたい」と伝えたが、どうも喋りとお酒が足りないようであった。
二軒目は魚が食べたいというので付き添った。

“よく飲めるのな”
私:水割りですから。
私:どうしてそんな体力あるんですか。
“これ、リフレッシュだから。”





ブログで私が入院していたことについて何度か書いた。
今思えば、入院時に見た看護師のような、このような大人、似た働き方をしたいと思ったために今の私の姿勢があるのではないかと思う。
このブログでは働き方や姿勢について書いていることが多い。
私自身が好きなテーマなんだな。


入院中、退屈をしていた時に私が居た病室は看護師の第2休憩所になっていた。(夜勤帯の時に限る)(病室は一人部屋あるいは二人部屋だった)
看護師はお菓子を持って入ってくるので、話し相手ができる、食べ物が食べれる、面白い、でwin-winの関係だったと思う。
準夜帯の勤務が終わると私服で入ってきて、「今からラーメン食べいこうや」と誘ってくれたのが印象に残っている。
当時の私は、外泊もできず退屈でカップラーメンばかり食べていた。1日5食くらい。
内訳は病院食を3食。間食にカップラーメンや父親に持ってきてもらった松屋の牛丼。
(お湯を容器に注ぐ時、誤って身体に注いでしまい火傷したことがあった。これもインシデントとなっただろう。すません。)
本当に嬉しかった。

時間の経った今では、ちゃんと仕事してくださいよと思うけれど。
何年かして挨拶に行くと、「君は問題児だったからね」とのことだった。
ベッドから車椅子へ移るときにはナースコールを押さずに移乗して転倒する。
注意をされても、1人で移乗して転倒する。
自分が思い出してもわかるインシデントはあるので、実際はそれの5倍くらいはあったのだろうな。
インシデントが起きると、医療従事者は処理をしなければならない。
この記事を書いていると、深夜にナースステーションへ車椅子で行って雑談をしていた自分を思い出して笑った。
当時は楽しかったし、いつ思い出してもやっぱりありがたいのだ。



退院するときには医療従事者の方々が寄せ書きをくれた。
そこには、当時18歳の私に向けて“少年老いやすく学成り難し”と書かれている。
ぴったりの、いい言葉だった。

同様に、卒業アルバムへコメントを残してもらってもいる。
私は病棟に居た“強い看護師4名”を指して、四天王と呼んでいたので可愛がってくれていたのだと思う。
リハビリの実習生がアルバムを作ってくれた。
知り合った人が転院先にも花束を持って会いに来てくれた。
しばらくして、3日間だけ同病院の他病棟に入院したときも、その時の看護師は会いに来てくれた。
異動になったらしい。
”リハビリの先生“同士で結婚もしていた。
時間が経ったな、と思う。


働いているとき、病棟担当の医師が「理学療法士作業療法士のことを“先生”という呼称で患者が呼ぶのを注意してほしい」とあった。
患者さんはリハビリの先生と認識している人が多い。
医師はどういう思いからこの発言があったのだろうか。

同じ職場で働く、医師、看護師、介護士理学療法士作業療法士言語聴覚士の関係については、気持ちの悪いことが多かった。
同じ場所にいるソーシャルワーカーは独立して面白い人だった。
やはり面白いので、スノーボードをしに行った。




ある日の夕景はきれいで、とても嬉しかった。
伊予西条駅辺りで見た。田舎いいな。
負の感情がなくなった。
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